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4年ぶり石龕寺から奥の院経由金屋金鉱山採掘跡へ思いあれこれ

投稿日:2024年3月18日

2024年3月2日
朝から雪がちらつく日、かねてよりの計画どおり出かけた。
石龕寺から、奥の院、鐘撞堂を経由して金屋金鉱山採掘跡に行く途中に咲く馬酔木の花をみることと、金鉱山採掘跡を尋ねるためである。

平地では馬酔木の花が咲いて見ごろの時期を迎えているが、山頂はまだ開花は無理だろうと予測できた。
小雪の中少し遠回りになるが、岩屋の街中の町石(道案内の石の塔)をみながら行くと途中満開の馬酔木の花群を発見した。思わぬ出会いであった。(写真)

馬酔木の花を楽しんで車道まで下りてくると目の前に金鉱山採掘跡が迫る。

ここからみる金鉱山採掘跡は大きくえぐ取られたその形状から規模の大きさが実感できる。(写真)

写真右端には今日のメインの鉄塔も見える。その左側には鐘撞堂の屋根も見える。今から目指すところである。(写真)

 

さて、今日の一番の目的はこの鉄塔脇に咲く馬酔木の花を見ることである。
石龕寺登山口からまずは奥の院を目指す。急斜面のつづら折れの道を休み休み進む。
何とか奥の院鐘撞堂までたどり着いた。
ここで休憩。

そろそろ腰を上げる。登り始めるがここから鉄塔までがきつい。着きそうで着かない。近そうで遠い。木々のてっぺんから青空が見えるのでそれだけが元気をくれる。
やがて頭上に鉄塔が現れたときの嬉しさと言ったら。
これで今日の目的の大半は果たせたのだから。
足を伸ばして休んだ。
馬酔木も堪能した。予想通り開花にははやくつぼみはまだかたい。しかし、周辺には思いの他馬酔木の木が多く私を楽しませてくれた。一部開花しているのもあり嬉しくなる。(写真)

さて次は金鉱山採掘跡まであと少し。ここまできたのだからあとはおまけという気持ちになる。

 

 

 

ふかふかのなだらかな尾根道を行く。前にも書いたがこの道ならどれだけでも歩ける。
(写真)


楽しみながら歩くこと間もなく懐かしい金鉱山採掘跡の崖が眼の前に迫る。もう一踏ん張り採掘跡平地に下る。

景色は3年前と変わらない。しかし、放置されたままの工事車両の荷台にも木々が根を張り始めている。年月を感じる(写真)

 

この頃には雪も止みあたたかい陽光に恵まれて昼食を楽しんだ。(写真)

 

今来た道をまた引き返し帰るのであるが、鐘撞き堂の脇から金屋に下りる寺坂参道の標識があるが今日は安全のため慣れた道を引き返した。
今日歩いた行程は表参道(石龕寺側から、奥の院)で、寺坂道は裏参道と言いここ(奥の院鐘撞き堂脇)に道案内の立ち札がある。下ると十三塚、金屋(噴火口跡に近い)にたどり着く道であるという。(写真)

 

以前この金屋側から入り迷った。遭難寸前の体験記事を書いたことが昨日のことのように思う。

金屋からの裏参道(寺坂道)からの登山は、このあわや遭難の出来事から今現在も再挑戦できていない。道案内の標識もあるかないか定かでない。元々はあったに違いないが長い風雪にいつしか朽ちてしまったのだろうか。
昔の人たちは町石を頼りに十三塚、金屋から奥の院参り(裏参道)をしたと聞く。
町石とは1丁、110メートルごとに建つ道案内の石の五輪卒塔婆である。(写真)
画像は以前十三塚、金屋から裏参道に挑戦した時の一部である。
昔の人々はこの卒塔婆群を目印道案内として奥の院詣でをしたそうである。
ぴんこすずめ