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「命ふだ」って知ってる?

投稿日:2022年9月12日

今回はちょっと昔のこと、「命札」なんて素敵な伝統が生きていたお話

今回「水から命を守る」という題材を提供してくれたのは生まれも育ちも久下地区の方である。
1年前、久下小学校の焼き芋を焼く会の日、久下小学校OBの方が集まり「命ふだ」の話で盛り上がった。

 

提供者の話

 

久下地区岡本橋の下、橋のすぐ川上側が久下の子どもたちの水泳場所であった。

今はこんな状態だけど少し昔は小石や砂利が広がり泳ぎが楽しめました。

今は水の流れる位置場所が逆転しています。

ここで泳ぎの技はもちろん、人間としてのマナーを身につけながら成長したように思う。なかでも「命ふだ」なるものの存在は今でも忘れられない事の一つである。

水は豊かで流れも急です。

今はこんな状態ですが、ここが昔当時の泳ぎの場所です。

 

「いのちふだ」とは

かまぼこの板の片面に「山南 花子」と書く。地区水泳に行くときはそのふだを持って行く。この「いのちふだ」を忘れると川に入ることができない。
川に入るとき、そのふだを各人名前が見えるように川原に全員分並べる。誰が指示しなくてもそれが当たり前の先輩方から受け継いだ慣習というか伝統であった。
休憩で水から上がる時は各自、札をひっくり返す。
再び、川に入る時は、「いのちふだ」を名前が見えるように並べる。
もちろん最後は各自が回収し持ち帰る。取り残しのふだがないかみんなで安否確認する。万が一名札が残っていたとなれば誰がいないか一目瞭然わかるのだという。
一人ひとりの命を大事にした安全確認であり、それが当たり前の暗黙の共通理解であった。
自分たちの力で自他の命を守る。何十年経てもこの経験は忘れることなく自慢できる先輩方がくれた大切な伝統である。                                                        以上談話の要旨

 

変わりゆくもの変わらないもの

少し昔の久下地域の子どもたちはこの自然の中で遊び大人へと成長した。
夕刻まで飽きることなく外で遊んだ私たちの年代は、遊びの中で自然に命についての勉強をしていた訳で、「いのちふだ」なる慣習が大きく関わっていたように感じる。

今の学校の水泳指導では、バディーを組んで安全確認を怠らない。加えて着衣泳法(または着衣水泳ともいう)も学校によっては取り入れているところもある。
私事で申し訳ないが小学校現役教員のとき、計画を立てる立場にあったことから着衣泳法の立案計画をし全学年実践したことがある。
2学期9月末までの水泳指導の終わりを待って全校児童が衣服を身に着けたまま水に入り体の自由が利きにくいという体験をするのである。更に着ている衣服を逆利用して浮袋代わりに利用することも入れた。
高学年にはこんなこともした。
水に溺れた場合恐怖で暴れることが多い。そんなとき溺れる相手の顔面を天に向けて顎を腕で引っかけて固定すると呼吸ができるので安定する。この状態で時間を保つことができれば救助に繋がるという体験である。

 

危険と安全の知識を知り命を守る

私は7歳の頃川で溺れて死にそうな所を、幸運にも危機一髪通りがかった大人に助けられた経験がある。そのときの顛末を書いたがあまりにも長文なので今回は省略した。反省点を簡単に記すと次の様になる。

〇私たち子どもは救助道具の使い方を知らなかったし、まして設置してあることすら知らなかった。
(このときの救助道具と言うのは、太竹竿に長い綿ロープを結わえただけの簡単なもの)
〇いつもは何人かいる中学生や小学校高学年の男子がたまたまこの日に限りいなかった。
〇救助道具の使い方を、また存在を知っていたなら小さい子どもたちだけでも使えたかも知れない。
〇もはや危険と感じたとき、私は流れの中、立ったままの姿勢を維持したので体に受ける水の力が5分の1に抑えられ救助までの時間を稼ぎ耐えることができた。
〇降雨の後の川は、一見穏かに見えても川底の水の流れは急で子どもの足など簡単に持って行く。
〇恐怖の極限になると人間は声が出なくなる。

知っておくとためになるこんなこと

人が水中で立っているとき、流れる水の力がが1とすると、横倒しになった場合、そこに受ける水の力は5倍になるといわれる。川は一見穏かでも上流で激しい雨になると急激に水位は上がり流れも急になる。特に局地的な雨には要注意である。よく川の中州に取り残されて救助隊が出動する場面を見聞きするが納得できる。

時代は変わり今ではAEDの設置が地域にも学校にも多く普及して久しい。しかし子どもたちが講習を受ける機会は多いとは言えない。子どもたちにもこのAEDに普段から慣れ親しむ機会があればと個人的に思う。
また、この頃は子どもを水の事故から守るライフジャケットの需要も増えていると聞く。

万が一のことを考えて準備しておく。命ふだに通じるものがある。
私の周りでは事故は一度も起こったことはない。だからと言っていろいろな学習経験が無駄であったということではない。学習と経験をしたからこそ命が守れたと思えばそれだけで〇儲けではないか。
ぴんこすずめ