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思いでのよもぎ餅作りに挑戦

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ヨモギ餅の記
ずうっと昔、祖母や母が元気でいたころ、家ではヨモギ餅やヨモギ団子を作っていた。
女の子の節句だと雛餅や焼いて食べるだんごを、男の子の節句だとサルトリイバラの葉で包む柏餅をこしらえていた。
寒の頃には、赤や黄色、緑の他に豆やゴマや海老、黒砂糖や海苔の入ったあられやかきもちなんてのもあった。こうして書いてみると結構贅沢なものである。
今やこんな真似は私にはできない。

家ではうるち米やもち米はもちろん、小豆も家で収穫し小豆餡も作る。極たまには緑色の餡も作っていた。今思えば多分緑の大豆にエンドウ豆やそら豆だったのだろう。
当時はこれが当たり前に思っていたが、昔の人は偉いなあとこの頃つくづく思うのである。

とにかく作る過程が大変で片手間にできる仕事ではない。
時代と共に消えつつあるのもわかる。

話がそれた。ヨモギ餅に話を戻そう。
まずきれいなヨモギを摘むことから始まるが昨今それが難しい。
昔はヨモギが生えるきれいな場所がそこかしこにあったが今は諸事情でなかなか条件に合う場所そのものがない。
「ヨモギは漢方薬で体の毒を出してくれるさかい、食べなあきませんのやで。」
と言うのが母の口癖であった。

今はスーパーでもヨモギの粉が売っている時代。試しに使ってみたが、やはり生の摘み立てのヨモギに勝るものはない。
作ってくれる親たちがいないのだから自分で作るしかないと一念発起。あちこち探し回り情報を得る努力をした。

高架の下のヨモギはきれいだが中へ入るのがなあ。蛇もこわいしなあと前に書いたことが記憶に残る。
兄弟や周りの人に協力を頼んだところ、ありがたいことにいろいろ情報をくれたり探してくれたりした。ところが灯台下暗しである。
なんと家の田んぼの端っこに群生していることを発見。
母とヨモギ摘みをする機会はもうないが心は嬉しかった。
バケツ山盛りいっぱいのヨモギも嬉しかった。みんなの協力も嬉しかった。
今までは当たり前のように食べていただけの私が、今回初めて一人で作るのである。

自分の記憶はもちろん、レシピ本も参考にして作り始めた。
まずヨモギを茹でて細かく切ると書いてあったが、実際にやってみると硬くて切れたものではない。レシピ本ではすり鉢とすりこ木で細かくすると書いてあったのでやってみたがこれも簡単ではない。
ミキサーを使うという手もあるが、ここは昔ながらの臼と杵の出番だ。

母が使っていたような臼は一人では扱えない。
しかし、こんなお手軽なのが見つかったのでやってみた。
大正解である。

もち米、餅粉、白玉粉。上新粉と今はどれもスーパーで手に入る。水や熱湯でこねた生地を蒸し器で蒸す。レンジでもよいがここは基本どおり昔ながらのやり方で挑戦。

 

蒸したての餅生地にヨモギを加えて杵で搗く。

搗き終わったらなんとこのような鶯色。感動。

ヨモギを冷凍保存したもので、一つ50グラムにまとめている。

このまま丸めて鶯きな粉をかければ鶯餅みたい。餡を入れてもよいが砂糖なしの生地を丸めて甘いウグイスきな粉をかけて食すのが私が好きな食べ方だが今日は普通のきな粉で我慢する。

小豆餡や白あんを包んでヨモギ大福。私は贅沢にもここにイチゴ、白あん、ヨモギもちの順に包んでイチゴ大福なるものも試してみた。


一流の菓子職人さんとまではいかないが、まあそこそこイチゴ大福みたいにはなる。
本物のヨモギだんごは、見栄えは悪くともなかなかに美味で大満足。
春の香りがいっぱいと言うか幸せな時間であった。
ぴんこすずめ